「いつか使うかも」
「あれば便利そう」
そうやって自分を納得させて買い集めたモノたちが、いつの間にか自分の生活を苦しめている……。
そんな経験はありませんか?
こんにちは、yutakaです。
かつての私は、まさにモノに支配された生活を送っていました。
35歳、神奈川から愛知への引っ越し。
それが私の人生を根底から変える「ミニマリズム」への入り口でした。
今回は、私が10年分の荷物と執着を手放し、軽やかな毎日を手に入れるまでの物語をお話しします。
「個性」と「便利」を買い集めた20代の代償

20代の頃の私は、モノを持つことが自分の個性を証明することだと思い込んでいました。
休みのたびに高円寺へ行っては、一点物の古着を探し回る日々。
クローゼットには、色鮮やかな古着やアウトドアブランドのアウターが10着以上も並び、入り切らない服が部屋に溢れていました。
さらに、モノへの執着は服だけにとどまりません。
- 「かわいい」という理由だけで集めた40個ものガチャポンのフィギュア
- 部屋を彩るはずの15個のアジアンインテリアや、室内用のテント
- 「あればおしゃれ」と買った3個の間接照明
当時の私は、モノを手に入れることで、理想の自分を演じようとしていたのかもしれません。
しかし、現実は理想とはほど遠いものでした。
新しく買った服を着てみても、他の服と全くマッチせず、結局外に着ていけない。
鏡の前で何十分も悩み、服選びに時間がかかりすぎて友人との待ち合わせに遅れることも何度もありました。
結局、最後には「いつものユニクロ」を着て家を出る。
山のようなモノに囲まれながら、私はいつも「何を着ればいいか分からない」というストレスを抱えていたのです。
「便利」の裏側に隠れた、管理という名の重荷

また、当時の私は「専用のモノ」に弱い傾向がありました。
例えば、数回使って飽きてしまったポップコーンメーカー。
「家でポップコーンが作れたら楽しそう」と思って購入しましたが、準備や片付けの手間を考えると、結局「買ったほうが早いし楽だ」という結論に至りました。
掃除道具も同じです。
「〇〇用」と書かれた用途別の洗剤や便利グッズを、「必要だよね」と自分に言い聞かせて買い足していました。
しかし、実際にはほとんど使われることなく、洗面台の下を圧迫するだけ。
モノが多いということは、それだけ「選ぶ時間」や「管理する手間」を自分に強いているということ。
当時の私は、そのことに全く気づいていませんでした。
10年分の荷物を前に、立ち尽くした日

35歳、愛知県への引っ越しが決まり、10年住んだ部屋のパッキングを始めたとき、私は自分の愚かさに直面しました。
部屋から出てくるのは、過去の自分が「欲しい」と思ったモノたちの残骸です。
- バッグ10個、G-SHOCK 4つ、雑誌30冊
- ラグマット2枚、ブランケット4枚、マフラー4枚
- Tシャツ15枚、インナー10枚、靴下10セット……
大型家電に加え、特大の段ボールが8つ。
これだけのモノを維持するために、私は広い部屋を借り、高い家賃を払い続けていたのです。
新居として選んだのは、わずか4帖の個室があるシェアハウスでした。
物理的に、この荷物を持っていくことは不可能です。
私はここで、10年分の執着を捨てる決意をしました。
4帖半が教えてくれた「本当に大切なもの」

引っ越しを機に、私は徹底的にモノを厳選しました。
段ボール8つを3つにまで絞り込み、残りは手放しました。
不思議なことに、あんなに大切だと思っていた40個のフィギュアや10着のアウターを手放しても、困ることは一つもありませんでした。
むしろ、捨てるときに最後まで残ったのは、高価な古着ではなく「いつも着ていた愛着のある服」でした。
愛知での生活が始まると、驚くほどの変化が起きました。
モノが少ないからこそ、管理に使う時間がゼロになります。
「今日、何を着よう」と悩むことも、「洗剤のストックをどこに置こう」とイライラすることもありません。
モノが少ないと、頭の中がスッキリと晴れ渡るような感覚がありました。
制限があるからこそ、その中でどう心地よく過ごすかを考える。
大好きな料理に没頭し、本当に必要な食材と柔軟剤だけを選ぶ。
そんな「選ぶ基準」が明確になったことで、私の心に本当の余裕が生まれたのです。
まとめ:自由は、手放した先にある
現在はシェアハウスを卒業し、1LDKのマンションに住んでいますが、私の部屋には今も心地よい「余白」があります。
リビングにはベンチとテーブルと観葉植物だけ。
掃除も数分で終わり、後回しにする習慣もなくなりました。
20代の頃、あんなに欲しがっていた「個性」や「満足感」は、モノを買うことではなく、モノを減らした先の「穏やかな時間」の中にありました。
もし今、あなたがモノに囲まれて疲れを感じているなら、一度「今あるモノだけで過ごしてみる」という制限を自分に課してみてください。
きっと、あなたが本当に大切にしたかった時間が、そこから動き出すはずです。


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