朝は決まった時間に起き、栄養バランスの取れた朝食を作り、家の中は常にチリ一つなく整え、仕事も家事も完璧にこなす。
そんな「丁寧で、ちゃんとした暮らし」に、あなたは憧れ、そして少しだけ疲れてしまっていませんか。
こんにちは、yutakaです。
以前の私は、まさにこの「ちゃんと暮らさなきゃ」という見えない呪縛に縛られていました。
ミニマリズムに目覚めた理由も、実は「もっとちゃんとした人間になりたい」という切実な願いからだったのです。
しかし、物を減らした先に待っていたのは、理想の聖人君子のような生活ではなく、「ちゃんとしなくても、私は私で大丈夫だ」という、良い意味での諦めと解放感でした。
今回は、私が「ちゃんとした暮らし」を追い求めて自爆した経験と、それを手放したことで手に入れた、本当の意味で豊かな毎日についてお話しします。
1. 誰のための「ちゃんと」だったのか

かつての私にとって、「ちゃんとした暮らし」とは、SNSで見かけるキラキラした投稿や、雑誌で特集される「丁寧な暮らし」そのものでした。
・床には物を置かず、常にモデルルームのようなリビング
・旬の食材を使い、手作りにこだわった食事
・アイロンがピシッとかかったシャツ
・毎日欠かさない掃除と、整えられたインテリア
こうしたチェックリストを一つひとつ埋めていくことが、人間としての正解だと思い込んでいたのです。
しかし、これらを維持しようとすればするほど、私の心は余裕を失っていきました。
私の「ちゃんと」は、誰かへの見栄だった
ある日、疲れ果ててソファに倒れ込んだとき、ふと疑問が湧きました。
「この完璧な部屋は、誰に見せるためのものだろう?」 急な来客があるわけでもなく、誰かに褒められるわけでもない。
私はただ、世間から「立派な大人」だと思われたくて、自分自身を型に押し込めていただけだったのです。
自分の心地よさを置き去りにして、外側の評価ばかりを気にしていたこと。それが、私の「原因不明の疲れ」の正体でした。
2. 完璧主義が招いた「心のゴミ屋敷」

皮肉なことに、暮らしを完璧にしようとすればするほど、私の心の中には「不満」という名のゴミが溜まっていきました。
自分を責める加害者になっていた
少しでも予定が狂うと、自分を許せなくなります。
「今日は疲れていて掃除ができなかった。私はダメな人間だ」
「夕飯をコンビニ飯にしてしまった。丁寧な暮らしができていない」
そんなふうに、自分自身の評価を「家事の出来栄え」で決めていたのです。
家を綺麗に保つことが目的になり、肝心の自分自身のメンタルケアが疎かになっていました。
外から見れば「ちゃんとした部屋」に住んでいるけれど、中身は「自己嫌悪でいっぱいの、荒んだ心」。
このアンバランスさが、私をさらに苦しめていました。
3. 「ちゃんとする」を手放した5つのポイント

私がミニマリズムを通じて、具体的にどのような「ちゃんと」を手放していったのかをご紹介します。
① 「毎日の掃除」を手放した
以前は、毎日掃除機をかけ、棚を拭くことが義務でした。
でも、今は「汚れが気になったときだけやる」というスタンスに変えました。
物を最小限に減らしているので、数日掃除をしなくても、視覚的なノイズが少なく、不快感があまりありません。
「毎日やらなきゃ」という義務感を捨てたことで、掃除が「やらされるもの」から「自分を心地よくするための自発的な行為」に変わりました。
② 「丁寧な食事作り」を手放した
一汁三菜、手作り……。
そんな理想を捨て、今は「お腹が満たされ、健康であればOK」という基準に下げました。
忙しい日は、具沢山のスープとパンだけで十分。
あるいは、信頼できるお店のお惣菜を頼る。
「料理を頑張る自分」よりも、「笑顔で機嫌よく食卓に座っている自分」の方が、私にとっては重要だと気づいたからです。
家事のハードルを下げることは、実はお金の節約にも繋がります。
心とお金の関係についてはこちら↓
③ 「完璧なアイロンがけ」を手放した
そもそも、アイロンが必要な服をほとんど持つのをやめました。
形状記憶のシャツや、シワが気にならない素材の服を選ぶ。
これだけで、週末の数時間を占領していたアイロンがけの苦行から解放されました。
「手間をかける美学」よりも「手間をかけない心地よさ」を選んだのです。
④ 「人並みの付き合い」を手放した
「お誘いにはすべて応じなければならない」
「返信はすぐにしなければならない」
こうした人間関係の「ちゃんと」も手放しました。
自分のエネルギーが不足しているときは、丁寧にお断りする。
誰にでも良い顔をする「ちゃんとした人」をやめることで、本当に大切な人との時間に100%の力を注げるようになりました。
⑤ 「予備を持つ安心感」を手放した
「切らしたら大変だから、常にストックを置いておかなくちゃ」。
この思考も捨てました。
今の日本なら、必要になったときにすぐに買えます。
予備を管理する手間とスペースを考えれば、「なくなってから買う」という少しルーズなやり方の方が、私の心にはフィットしていました。
4. 楽になった後に見えてきた「本当の暮らし」

これらの「ちゃんと」を手放したことで、私の生活はガラリと変わりました。
時間が「自分を取り戻すため」に流れるようになった
「やらなければならないこと」のリストが消えたことで、空白の時間が生まれました。
その時間で、読書をしたり、ただぼーっと外を眺めたり、ゆっくりと入浴したり。
以前の私なら「そんな暇があるなら片付けなさい」と自分を叱っていたような時間です。
でも、この「無駄に見える時間」こそが、私の心を回復させるために必要不可欠なものだったのです。
他人に対して寛容になれた
自分が自分に「ちゃんとしなくていいよ」と言えるようになると、不思議と他人に対しても同じように思えるようになりました。
誰かのミスや、パートナーのルーズな部分が気にならなくなったのです。
「完璧でない自分」を受け入れたことで、世界が以前よりもずっと優しく見えるようになりました。
5. ミニマリズムが教えてくれた「自分軸」

ミニマリズムの本質は、物を減らすことだけではなく、「自分にとって何が一番大切か」を見極めることにあります。
「ちゃんと暮らさなきゃ」という言葉の裏には、いつも「誰かの基準」が隠れていました。
親の教え、社会の常識、SNSのトレンド。
でも、私の人生を生きているのは、私自身です。
ミニマリズムを通じて、多くのノイズを削ぎ落とした結果、最後に残ったのは「私が私でいられるなら、それでいい」というシンプルな答えでした。
部屋が少し散らかっていても、食事が簡素でも、私が笑っていられるなら、それが私にとっての「最高の暮らし」なのです。
自分を許せるようになると、脳の疲れも劇的に減っていきます。そのメカニズムはこちら↓
結論:あなたは、そのままで十分「ちゃんとしている」
この記事を読んでくださっているあなたに、一番伝えたいことがあります。
「ちゃんとできていない」と自分を責めている時点で、あなたはすでに、自分の人生や周囲の人に対して、ものすごく誠実に、一生懸命向き合っている証拠です。
その誠実さこそが、あなたの「ちゃんとしている」部分なんです。
家事の手を抜いても、部屋がモデルルームじゃなくても、あなたの価値は何一つ変わりません。
むしろ、少し肩の力を抜いて、ダメな自分を「まあ、いっか」と笑い飛ばせるようになったとき、あなたの暮らしには本当の意味での光が差し込み始めます。
ミニマリズムは、あなたを縛るためのルールではありません。
あなたを自由にし、「そのままで大丈夫だよ」と全肯定してくれるためのサポーターです。
明日からは、少しだけ「ちゃんと」をサボってみませんか?
浮いた時間で、あなたが心からワクワクすること、あるいはただただ安心できることを選んでみてください。
あなたの「暮らし革命」が、どうかあなたを縛るものではなく、自由にするものでありますように。
まとめ:心を楽にするためのヒント
・「ちゃんと」の基準を、世間ではなく「自分の心地よさ」に置き換える。
・家事の完璧さで自分を評価するのをやめ、心の余裕を最優先する。
・「ついで掃除」や「シンプル食事」で、義務感を最小限にする。
・空白の時間(無駄な時間)を、自分を癒やすための必要経費として認める。
・完璧でない自分を許すことで、他人や世界に対しても優しくなれる。




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